手光波切不動古墳

 
手光波切不動古墳
 
県道97号線の西鉄赤間線上り手光バス停
近くにあり、県道に面して入口には二本の
石柱が立っています。
 
円墳横穴式古墳。
 
取材当日は3月まで行なわれた再調査後の
保存工事のための測量が行なわれていたた
め写真撮影が充分出来ませんでした。 
 
入口に立っているパネルの解説を元に書きます。 
 
「この古墳の石室は一片が1.5m程の切石 
が使われており、床面にも同様の石が敷かれ 
ています。ここより西北1kmの宮地嶽神社 
にある古墳もこの点が共通し、両墳が何らか 
の形で関連性を持つと考えられます。 
なお、この石室の平面形は、前室の幅が羨 
道(通路)や後室に比べ一段広くなる特徴 
があります。 
石材は主に三郡変成岩(硅質片岩、砂質片 
岩、泥質片岩)で一部礫岩が使われています。 
 築造年代を推定できる遺物はいまのとこ 
ろ出土していません。しかし、石室に巨大な 
切石使うなどから古墳時代終末期の7世紀 
頃造られたものと考えられます。 
 この時期は一般的に古墳の築造が少なく 
なったり、造りが雑になったりする一方で、
切石を使うなど丁寧は造りの石室をもつ古 
墳も少数認められます。 

 埋葬者は、『筑前国続風土記拾遺』に 
「高貴の人を葬りたる塚」と記されており 
宗像海人族にかかわりのある首長クラスの 
墳塋(ふんえい=はかば)でないかといわ 
れています。  
 
大きさ
  築造当時(推計) 墳丘高さ約10m  
           墳径 20m超  
        (出典:ふるさと文化探訪記) 
  石室  全長10.8m  
  前室  長さ1.8m、幅1.6m  
      高さ2m  
  玄室(死者を安置した部屋)  
      長さ2.1m、幅1.3m  
      高さ1.9m
(出典:やさしい福間町の歴史) 

  
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            玄室      

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             玄室 
     江戸時代頃の波切不動1体が
         まつられている
 
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          前室から玄室を望む

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         古墳案内 石柱

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           石組の説明

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        九州で始めて発掘された 
           蛇行鉄器 
       (手光南支郡2号墳出土)

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           古墳入口
        
         
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             古墳遠景

神興神社

   神 興 神 社

 

鎮座地 福津市大字津丸645-1
      (福間東中学校 隣)

 

ご祭神 宗像三女神

    多紀理姫命(たごりひめのみこと)

    市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)

    多岐都姫命(たぎつひめのみこと)

御由緒 (神社・解説板)

   神興神社は、往時よりこの地に御鎮座あり。


   11部落即ち上西郷・下西郷・久末・
津丸・
  手光・村山田・八並・本木・
畦町・内殿・
  舎利蔵の住民により
祭祀を斉行す。


   宗像社縁起に曰く。宗像三女神初め

  室木(鞍手町)の六ヶ獄に御着、その後この地に
  留
り給う。


   この村において、神威輝耀を以って
神興と号す。

  その後三所の霊地(田島、大島、沖ノ島)に御遷座
  あり云々とある。その三所に
還り給える後も、この地
  にも御社殿
厳かにして祭祀も盛んなりしとかや、


   然れども何の頃にかや、兵乱に遭い御社
も崩壊せ
  しが、村民の「土一」と言う
者に夢のお告げがあり、
  小祠を営める。


   その後、旱魃、凶作に祈願すれば、霊應
ありとて
  隣村民力を合わせ石祠を建立す。

   大正年間古瓦発見せられ、鑑定の結果延喜十一年
 (911)の銘あり、我国で
二番めに古い瓦と解り、
  この神社の往時
の壮大なるを偲ぶ。 


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             解説板

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        解説板


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        神社の正面


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         鳥居の扁額

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       石段

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    石段・大正8年改築の石碑

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         拝殿

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      拝殿から神殿を望む

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       神殿の石の祠
 








神武神社

         神 武 神 社

 

 

鎮座地 福津市大字津丸字裏谷

 

ご祭神

    カムヤマトイワレヒコノミコト

    神日本磐余彦命 (神武天皇)

 

    ヒナイナビイスズヒメノモコト        

 

 

鎮座地 福津市大字津丸字裏谷

 

ご祭神

    カムヤマトイワレヒコノミコト

    神日本磐余彦命 (神武天皇)

 

    ヒナイナビイスズヒメノモコト

    媛蹈鞴五十鈴姫命(同皇后) 

     〈大物主神の娘〉

    

 

御由緒 (神社境内の御由緒板転記)

 

    当社はこの村の氏神なり。 

    神武天皇が東征のおり、この地に暫く鳳輦

    (ほうれん)を駐め給う。

    その陣跡に社を建立す。

    神武天皇が天照大神から六世に当り給う故

    「六権現」と号し奉ると申し伝う。

    その後明治に入り「神武神社」と改称す。

 

    社殿は昭和47年(1972年)全面改築

    された。その時大量の土器等が出土したこ

    とから、社殿一体は、奈良・平安時代祭祀

    遺跡であったと考えられる。

 

    境内には200年を越す、イチョウ、イヌマキ、

    イチイガシ、スギなどの大木がある。

 

    ※鳳輦

      屋形の上に金銅の鳳凰を飾った輿。

        天皇の晴の儀式の行幸用のもの。

        転じて天皇の乗り物。

 

祭事  拝賀日  1月1日

    宮 座  7月、11月の第2日曜日

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               一の鳥居 

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       二の鳥居 

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     六権現と記された扁額 

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       境内案内板 

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        拝殿 

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        拝殿 

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       狛犬 (吽形)

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       狛犬(阿形)

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       拝殿と本殿 

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        摂社 

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        境内遠景 

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            参道脇の花

八坂神社(小倉)

豊前小倉

八 坂 神 社

(参拝日 平成24年4月1日。小倉城内の桜満開)

鎮座地 北九州市小倉北区城内二番二号

 

ご祭神    須佐能袁命(スサノオノミコト)ほか

 

 

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           ご朱印


境内社 恵比須社  稲荷社  祖霊殿

    神明社  猿田彦社  水神社

     
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            古図    

        明治31年11月発行
         福岡県名所図録図絵 
     現在の場所に遷座される前の地の図です。

 

御由緒(神社説明書き)

 

祇園さまは九世紀ころには既に小倉の地に祀られ

ておりました。

その後慶長五年(1600年)の関が原の戦いで

戦功をたて、四十万石の城主となって丹後国(現

在の京都府)からこの豊前の地に移ってきた細川

忠興公が、元和三年(1617年)に領内の総鎮

守として、改めて祇園社の社殿を小倉城下の鋳物

師町に創建しました。

社伝によりますと、城外に鷹狩りに出かけた忠興

公が小さな祇園社の祠の中にあるご神体を見よ

と杖でこじ開けようとしたところ、中から一羽

の鷹が飛び出し、忠興公の目を蹴ったと言われて

います。失明同然になった忠興公は、神様に対し

て非礼を働いた神罰だと深く反省し、荘厳な社殿

を建立し、これによって忠興公の目も快癒したと

伝えられております。

明治になり、祇園社から八坂神社へと名前が変わ

り、昭和九年に現在の小倉城内に社殿は遷座され

ています。

     
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               鳥居


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            額束       


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            手水舎

     
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            神門


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            狛犬(阿形)


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            狛犬(吽形)


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            拝殿


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            拝殿内部


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          拝殿と本殿(側面)


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          生馬神


       
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          軍馬忠霊塔

 
~小倉城の桜~

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宇美八幡宮

  子安の杜

宇美八幡宮

 

鎮座地  福岡県糟屋郡宇美町宇美1-1-1

ご祭神  

神功皇后

応神天皇

      玉依姫命

      住吉大臣

      伊弉諾尊

 

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境内末社  聖母宮    祭神 神功皇后

      湯方社     〃 湯方殿

      武内社     〃 武内宿禰

      稲荷社     〃 保食神

      恵比寿社    〃 事代主命

      山神社     〃 大山祇命

 祇園社     〃 素盞鳴尊  

地主社     〃 大地主大神 

  

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             古図
     明治31年11月発行
福岡県名所図録図絵

御由緒

 創祀の年代は明らかでありませんが、神功皇后

が三韓侵攻からの帰途、応神天皇を生んだ霊地と

され、そこから産(宇美)という地名が生じたと

伝えられています。

 古くから安産の神として信仰されています。

(日本書記)

  『皇后新羅より還り給う12月14日誉田天

皇(応神天皇)を筑紫に生み給う時人其の産

  所を号けて宇美という』

 

(古事記)

  『其の御子生み給える地を宇美とぞ謂けけ

る』

 

境内には、樹齢二千年と推定される「湯蓋ノ森」

「衣掛ノ森」と呼ばれる国指定の天然記念物の老

樟があります。また境内の25本のクスノキの郡

叢は「蚊田(宇美の古名)の森」として、県文化

財に指定され、総計38本の樟樹で一大樟林の壮

観を呈しています。

 

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          神社遠景

      2番目の鳥居は「元禄の鳥居」

 

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               御降誕碑

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        元禄の鳥居

      元禄7年黒田綱政の命により

     1年以上費やして改造されました。

 

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                手水舎

 

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               狛犬(阿形)

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             狛犬(吽形)

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                 神門

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                拝殿

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               拝殿内部

 

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                拝殿と本殿

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                 本殿

 

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             御神木・湯蓋の森

 

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           御神木・衣掛の森

 

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        御神木・子安の木
    神功皇后が槐(えんじゅ)の枝に取りすがって
     安々と安産したとの言い伝えがあります。

 

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                湯方社
    応神天皇御降誕の時産婆の職を仕えた神。 

 

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         子安石
   安産のためこの石を持ち帰り御願成就のとき

     外に1個の石をそえて返す。

 

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         産湯の水
   応神天皇御降誕の時産湯として使用した水

 

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         山上憶良歌碑 
    『銀(しろがね)も金(こがね)も
      玉も何せむに

        まされる宝子にしかめやも』

 

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            老樟に覆われた本殿

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        紅白のしだれ梅

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1941年生れ。福津市在住のお酒と読書の好きな男です。ブログ初心者です。

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